

私は大学で教える前、テレビやパソコンをつくる家電メーカーでエンジニアをしていました。21世紀が始まる前です。日本の技術力、なかでもモノづくりの技術は世界でもナンバー・ワンといわれていましたが、私たちエンジニアの間には危機感がありました。バイオテクノロジーではアメリカがリードし、ディスプレイやパソコンなどでも韓国や台湾、中国の技術がどんどん進化し、日本に追いつこうとしていたからです。
「このままでは日本の製造業(モノづくり)がだめになる」
「21世紀に日本がモノづくりで世界をリードするためにはどうしたらいいか」
と考えました。そして、だした結論が「夢を描く、夢を語る」力を持った若い人を育てなければならないということでした。そのためには、若い人たちがわくわくできるような技術、それまでなかった新しい技術が必要になってきます。そして、目をつけたのがマイクロマシンとバイオテクノロジーでした。
マイクロマシンというのは大きさが数ミリメートルからナノメートル(10億分の1メートル)の超小型機械、バイオテクノロジーというのは生物の遺伝子や細胞を使って新しい農産物や薬、臓器などをつくりだす技術です。このふたつをドッキングさせたら、どんなことができるのでしょうか?

今、私が学生たちと一緒に取り組んでいるのは、マイクロマシン技術を使って、細胞から骨格筋という筋肉を育てて、アクチュエータをつくる研究です。今やっと筋肉の赤ちゃんができるようになりました。アクチュエータというのは、人工的につくったロボットの腕のようなものです。今まではモーターを使ってつくっていましたが、本物の筋肉で動く腕ができれば、モーター以上に細かく、スムーズな動きができるようになります。これでボディー・スーツ(腕や足につけて筋肉の力を増強するもの)をつくれば、力の弱い子どもや女性でも大人の男性のように重いものを持ち上げたり、運んだりできるようになります。
今の小学生、中学生が大人になったとき日本はどうなっているか、考えたことはあるでしょうか。65歳以上の高齢者が増えて、20代、30代の若い人の数が減ってきます。高齢になると体が不自由で、介護を必要とする人たちが増えてきます。とうぜん、若い人たちが介護にあたらなければなりません。でも、介護にあたる人が増えてくると、他の産業で働く人口が減ってきて、日本の産業、なかでもモノづくりをする人が少なくなるとさらにたいへんです。
そこで若い人たちの代わりに、私たちがつくっているアクチュエータが役に立ってきます。元気な高齢者がこれを使えば、体が不自由な高齢者の介護を行うことができるからです。若い人たちはより成長する分野で活躍することができるからです。
高齢化は日本だけでなく、アジアやアメリカ、ヨーロッパの国々でも進んでいます。高齢化社会で重要になるのは、高齢者を寝たきりの老人にすることではなく、いつまでも元気で健康な体と心を維持させることです。ヘルスケアというのは、そのために必要な健康管理や心身の健康維持に必要な環境を提供する分野のことです。
私の研究室でも“いつでもどこでもその場でヘルスケア”をキャッチフレーズに、ヘルスケアのためのセンサやチップを開発しています。例えば高齢者や体に障害のある人の腕や体の一部に小さなセンサを取り付けるだけで、その人が今どこにいて、健康状態はどうか(血圧が上がっていないか、心臓が弱っていないか、体に異常がないかなど)が家庭や病院のパソコンですぐにわかる小さな検査装置や、いつでもどこでも血液分析ができるヘルスケアチップを開発しています。これからのヘルスケア分野に欠かせないもので、マイクロマシンとバイオテクノロジーのドッキングから生まれたものです。

私が教えているのは生体医工学です。今まで、大学では医学、生物学と理工学はまったく別の分野でした。それを全部一緒にしたのが生体医工学です。新入生が入ってくると、学生実験としてまずジャンケン・ロボットをつくらせます。「グー」「チョキ」「パー」。人間の手であたり前にできることを、アルミニウムとワイヤーとモーターでできたロボットの手でやらせると意外と難しい。それも、生物や医学に興味を持って入ってきた学生の中には、工作が苦手だったり、ハンダ付けやヤスリがけというモノづくりの作業は初めてという人も多いのでたいへんです。でも、見ていると、初めてという学生も楽しそうにやっている。
また、人間の手のように動かそうとすると、物理学や筋肉の動きなど医学に関する知識も必要になってくる。最初はいろんな専門分野の知識に苦労するでしょうが、仕上げたものが思い通りの動きをすると、「やった!」という充実感と「動いた!」という感動がある。生体医工学って、やればやるほど面白い世界だと思いますよ。