

大阪電気通信大学の講師になる前、ソニーという会社で人間型ロボットの研究開発を行なっていました。最近のホンダのアシモやトヨタのパートナーロボットなどをみると、人間に近い動きにびっくりしますが、実はこういったロボットは、自動車や機械を組み立てる産業用ロボットを作るのと同じ考え方で作ることができるんです。
これらはとてもすばらしいロボットですが、それが家の中にあるとどうでしょう?ちょっと怖いと思いませんか?触ると硬いし、ロボットが振り回した腕があたれば痛いではすまされない。表面が軟らかく、もっとスムーズになめらかに動くロボットでないと、人間と一緒には暮らせません。
そこで私が注目したのが、1980年代にアメリカ人のタッド・マクギアという人が作った、坂道を人間のようにテクテクと歩いて下りるロボットです。難しい言葉ですが、これを受動的動歩行(じゅどうてきどうほこう)ロボットと呼びます。それを参考に、私の研究室で研究している学生たちに作らせたのが「零(ぜろ)号機」です。モーターも何もついていないのに歩く。不思議だと思いませんか?

産業用ロボットが登場したのは、1960年代のアメリカです。受動的動歩行ロボットよりもずっと早く開発され、多くのメーカーやエンジニアが研究してきたこともあって、今はロボットづくりの教科書のようなものもあります。「大きさはこれくらい」で、「動く速度はいくら」で、「こんなふうに動いて」と条件を決めれば、「歯車、モーターはこれ」を使って、「材料はステンレス」で‥というふうに、今では設計の仕方が誰でもわかるようになっています。ところが、マクギアさんの受動的動歩行ロボットは、どうして歩くのか、どう設計したらいいのか、偉い先生たちにもまだよくわかっていません。
研究室では零号機にセンサーやいろんな装置を取りつけて、学生たちと一緒に「なぜ動くのか」、「どうしたらよりスムーズに、人間のような動きができるか」といったことを研究しています。私たちには数学や物理学、コンピュータというすばらしい道具があります。それらを使って調べれば、動く原理や仕組みがわかり、それがわかれば、「ここにこのギアを使って」、「モーターは何で」、「このセンサーはどこに付けるか」といった設計の方法もわかってくるのです。
産業用ロボットから始まったロボットの作り方は、力学的(りきがくてき)モデルを利用して動かすモデルベースなロボット設計法と呼ばれています。このロボットのいいところは、精密に力強く動かせることです。それに対して、ぼくたちがやっている受動的動歩行ロボットは力を抜いたようになめらかに動きます、つまり、より少ないエネルギーで動かすことができます。
これから私たちがロボットをつくっていく上で大切なのは、その両方の要素を合わせ持ったロボットづくりです。モデルベースなロボットは、さっきも言ったようにロボットを設計する教科書ができているくらい研究されています。でも、受動的動歩行ロボットはまだわからないことが多い。だから、挑戦のしがいがある。
マクギアさんはある論文で、『飛行機が発明される前には動力なしで空を飛ぶことができるグライダーがあった。ライト兄弟はそのグライダーにエンジンをつけることで、より速く、遠くに飛べる飛行機を発明できた』と言っています。
きっとロボットにも同じことが言えるのではないでしょうか?最近のロボットの研究者の中には従来のロボット研究の方法だけではなく、生物学の知識を学んで、その知識を使って研究をすすめる人もいます。

これを受動的動歩行ロボットの研究にあてはめてみましょう。人間は筋肉や内臓、皮膚を持っていますが、それを全部とりはらった後に残るものは人体を形づくっている骨格(こっかく)です。つまり、飛行機がもともと飛ぶようにできているのと同じように、人間の骨格ももともと歩きやすいようにできていると考えられるのです。だから生物の動きをよく研究することが大事だということがわかってきました。ロボットづくりというと、工学や物理、数学の専門家の仕事と思いがちですが、実はこのように生物学の知識も必要な分野なのです。
マクギアさんのつくった受動的動歩行ロボットがガチガチの固い金属でできているにも関わらず、人間のようにスムーズに動くのは、人間の歩く様子をよく観察し、体の仕組みや骨格の働きをヒントにロボットを開発したからなのかもしれません。そう思うと、学生が作った零号機もスチールの棒を組み合わせただけのぶかっこうなロボットですが、よく見ると人間のように見えてくるような気がします。
私が学生たちを指導する上で、いちばん大切にしているのは自主性です。まず学生本人が「何をしたい!」という思いを持つこと。次にに自分の力で、何が問題になっているかを明らかにすること。そして最後に好奇心を持つこと。受動的動歩行ロボットを最初に見た人は、きっと「なんで動くの?」と不思議に思うはずです。それが、科学を好きになる第1歩だと思っています。