アメリカにエジソンがおるように、日本(にほん)にもエジソンに負負(ま)けないりっぱな発明家(はつめいか)がいっぱいおる。 その中(なか)で、日頃(ひごろ)の生活(せいかつ)に身近(みじか)な発明(はつめい)と、それを発明(はつめい)した日本人(にほんじん)を紹介(しょうかい)しよう。 日本(にほん)のエジソン君(くん)の中(かな)には、その発明(はつめい)をもとに、大(おお)きな会社(かいしゃ)をおこした人物(じんぶつ)もたくさんおるぞ。
大阪府(おおさかふ)の池田市(いけだし)に「インスタントラーメン発明記念館(はつめいきねんかん)」がある。今(いま)から50年前(ねんまえ)の1958年(ねん)、安藤百福(あんどうももふく)さんが世界(せかい)で初(はじ)めてインスタントラーメンを発明(はつめい)した。それを記念(きねん)して建(た)てられた施設(しせつ)じゃよ。インスタントラーメン誕生(たんじょう)の物語(ものがたり)がアニメで楽(たの)しめたり、インスタントラーメンづくりを体験(たいけん)できるなどおもしろいぞ。ところで、百福(ももふく)さんが作(つく)った世界初(せかいはつ)のインスタントラーメンの名前(なまえ)、わかるかな? 日清食品(にっしんしょくひん)の「チキンラーメン」じゃよ。スーパーにいけば今(いま)でも売(う)っているから、知(し)っておるよの。先生(せんせい)も大好(だいす)きじゃ!
キミの部屋(へや)には何(なに)があるかな?時計(とけい)、ゲーム機(*き)、携帯電話(けいたいでんわ)、音楽(おんがく)プレイヤー、おもちゃ…。全部(ぜんぶ)に共通(きょうつう)しているものは何(なに)か、わかるかな?乾電池(*かんでんち)じゃ。身(み)の回(まわ)りの便利(べんり)なもの、楽(たの)しいものの多(おお)くが、小(ちい)さな乾電池(かんでんち)で動(うご)いておる。その乾電池(かんでんち)を発明(はつめい)したのは屋井先蔵(やいさきぞう)さん。今(いま)から120年前(ねんまえ)、時計(とけい)づくりの技術者(ぎじゅつしゃ)だった屋井(やい)さんが、世界(せかい)で初(はじ)めて発明(はつめい)したのじゃよ。ところが、発明(はつめい)した当初(とうしょ)は「乾電池(かんでんち)などというあやしいものが、正確(せいかく)に動(うご)くはずがない」と無視(むし)されたそうじゃ。せっかくの大発明(だいはつめい)が、かわいそうじゃな。
小(しょう)・中学生(ちゅうがくせい)には難(むつか)しいかもしれんが、発光(はっこう)ダイオードというのは、より低(ひく)い電力(でんりょく)で、しかも長時間(ちょうじかん)光(ひか)り続(つづ)ける電球(でんきゅう)のようなものじゃよ。色(いろ)は赤(あか)、青(あお)、緑(みどり)の3色(しょく)があって、赤(あか)と緑(みどり)は早(はや)くから開発(かいはつ)されておったが、青色(あおいろ)は難(むつか)しくて、なかなかできんかった。発明(はつめい)したらノーベル賞(しょう)も夢(ゆめ)ではないといわれたこの大発明(だいはつめい)をやったのは、中村修二(なかむらしゅうじ)さん。2001年(ねん)のことじゃ。当時(とうじ)、新聞(しんぶん)やテレビで大(おお)きく取(と)り上(あ)げられたから知(し)っている人(ひと)も多(おお)いんじゃないかな。青色発光(あおいろはっこう)ダイオードはどこに使(つか)われているかって?身近(みじ)なところでは、青信号(あおしんごう)じゃな。
石油(せきゆ)ストーブに灯油(とうゆ)(とうゆ)を入(い)れかえるお手伝(てつだ)いをしたことがあるかな。そのとき使(つか)う道具(どうぐ)が灯油(とうゆ)ポンプじゃ。空気(くうき)が入(はい)った赤(あか)いポンプの部分(ぶぶん)を手(て)で握(にぎ)ったり離(はな)したりしておると、灯油缶(とうゆかん)から石油(せきゆ)ストーブの入(い)れ物(もの)に灯油(とうゆ)が流(なが)れるやつじゃよ。これを発明(はつめい)したのは、発明家(はつめいか)の中松義郎(なかまつよしろう)さん。「ドクター中松(なかまつ)」という名前(なまえ)の方(ほう)が有名(ゆうめい)かな。何(なん)でも中学生(ちゅうがくせい)のころに思(おも)いついて、発明(はつめい)したという。すごいもんじゃな。ところで、どんな原理(げんり)で灯油(とうゆ)が入(はい)るかわかるかな?ヒントはサイフォン、ストローじゃ。考(かんが)えてみよう!
カラオケのカラは「空(から)」、オケは「オーケストラ」のこと。先生(せんせい)も歌(うた)が好(す)きで、若(わか)いころはカラオケでよく歌(うた)ったもんじゃ。歌(うた)ったのは美空(みそら)ひばり。ちと、古(ふる)いかのう。カラオケは今(いま)や日本(にほん)だけにとどまらず、海外(かいがい)にもたくさん輸出(ゆしゅつ)されている日本(にほん)を代表(だいひょう)する文化(ぶんか)じゃ。カラオケが生(う)まれたのは1971年(ねん)。作(つく)ったのは井上大佑(いのうえだいすけ)さんというバンドマンじゃった。バンドマンというのは、ほれ、歌手(かしゅ)(今(いま)はアーチストと呼(よぶ)ぶのかのう)の後(うし)ろでメロディを演奏(えんそう)しておる人(ひと)のことじゃよ。
みんな鉛筆(えんぴつ)の代(かわ)わりにシャープペンシルを使(つか)っておるようじゃが、これを発明(はつめい)したのは「シャープ」という会社(かいしゃ)。液晶(えきしょう)やソーラーパネルで有名(ゆうめい)な会社(かいしゃ)なので、みんな知(し)っておるじゃろう。発明(はつめい)した当時(とうじ)(1915年(ねん))は「早川金属工業(はやかわきんぞくこうぎょう)」と呼(よ)んでおったが、シャープペンシルが有名(ゆうめい)になったもんじゃから後(のち)に「シャープ」と社名(しゃめい)を変(か)えたんじゃよ。シャープペンシルの仕組(しく)みを初(はじ)めて開発(かいはつ)したのはイギリス人(じん)(1822年(ねん))じゃったが、シャープペンシルができて多(おお)くの人(ひと)に使(つか)われるようになったもんじゃから、シャープペンシルといえばシャープといわれるようになったんじゃな。
今(いま)や世界一(せかいいち)の自動車(じどうしゃ)メーカーになった「トヨタ」が、昔(むかし)、服(ふく)を織(お)る機械(きかい)(これを「自動織機(じどうしょっき)」と呼(よ)ぶ)を作(つく)っておったというのを知(し)っておるかな。トヨタの創業者(そうぎょうしゃ)は豊田佐吉(とよたさきち)さん。お父(とう)さんは大工(だいく)、佐吉(さきち)さんは発明家(はつめいか)で、1890年(ねん)に日本(にほん)で初(はじ)めての自動織機(じどうしょっき)を完成(かんせい)させたんじゃよ。日本(にほん)には世界(せかい)にも名(な)の知(しら)れた大(おお)きな会社(かいしゃ)、有名(ゆうめい)な会社(かいしゃ)がたくさんあるが、そのルーツを探(さぐ)ると“発明家(はつめいか)”がいて、その人(ひと)の発明(はつめい)したものによって会社(かいしゃ)が生(う)まれ、大(おお)きくなったというケースが多(おお)いんじゃ。日清食品(にっしんしょくひん)も、シャープも同(おな)じじゃな。
キミの家(いえ)のパソコンが光(ひかり)ファイバーなら、光(ひかり)ファイバーに変(か)えて「あっ」という間(ま)にインターネットの画面(がめん)が現(あらわ)れたという経験(けいけん)をした人(ひと)も多(おお)いんじゃないかな。光(ひかり)ファイバーというのは、ガラスやプラスチックの繊維(せんい)でできた光(ひかり)を通(とお)す線(せん)のこと。これができたことによって、電話線(でんわせん)のときはなかなか現(あらわ)れなかった画面(がめん)が、すぐに見(み)られるようになったんじゃ。光(ひかり)ファイバーというのはすごいものじゃな。これを発明(はつめい)したのは西澤潤一博士(にしざわじゅんいちはかせ)。「光通信(ひかりつうしん)の父(ちち)」とも呼(よ)ばれている偉(えら)い博士(はかせ)で、わしも尊敬(そんけい)しておる。
お湯(ゆ)に入(い)れて3分間温(ぷんかんあたた)めるだけで、ほれ、カレーのできあがり。レトルトカレーは便利(べんり)じゃのう。カレー、シチュー、パスタ、ライス、八宝菜(はっぽうさい)、マーボー豆腐(どうふ)など、スーパーに行(い)くといろんな種類(しゅるい)のレトルト食品(しょくひん)がならんでおるが、世界(せかい)で初(はじ)めて作(つく)られたレトルト食品(しょくひん)は何(なに)か知(し)っているかの?大塚食品(おおつかしょくひん)の「ボンカレー」じゃ。ボンカレーが発売(はつばい)されたのは1968年(ねん)。今(いま)から40年前(ねんまえ)のことじゃ。さて、カレーの次(つぎ)は何(なに)を食(たべ)べようかのお。
朝(あさ)はコーヒーにトーストじゃな。さて、インスタントコーヒーじゃが、アメリカに住(す)んでいた日本人科学者(にほんじんかがくしゃ)の加藤博士(かとうはかせ)という人(ひと)が、1899年発明(ねんはつめい)したといわれおる。ところで、世界(せかい)でいちばんたくさん飲(の)まれているインスタントコーヒーは何(なに)か、知(し)っておるかな?「ネスカフェ」じゃ。「ネスカフェ」は今(いま)から約(やく)70年前(ねんまえ)、ブラジルでコーヒー豆(まめ)がとれすぎ、価格(かかく)がどんどん安(やす)くなって、農民(のうみん)が困(こま)っておったのを助(たす)けるために開発(かいはつ)されたそうじゃ。発明(はつめい)の裏(うら)の美談(びだん)ありじゃな。
胃(い)カメラを知(し)っておるかな。病院(びょういん)で、胃(い)にできた病気(びょうき)を診断(しんだん)するカメラじゃ。このカメラを発明(はつめい)したのは、オリンパス光学工業(こうがくこうぎょう)(今(いま)のオリンパス株式会社(かぶしきかいしゃ))で働(はたら)いていた杉浦睦郎(すぎうらむつお)さんじゃ。今(いま)もそうじゃが、カメラで有名(ゆうめい)な会社(かいしゃ)じゃの。杉浦(*すきぐら)さんが胃(い)カメラを発明(はつめい)したのは1950年(ねん)。それから、もう60年経(ねんた)ったが、これができたおかげで胃(い)がんや胃(い)かいようが早期(そうき)に発見(はっけん)され、健康(けんこう)になった人(ひと)が世界中(せかいじゅう)にいっぱいおるのじゃよ。すばらしい発明(はつめい)じゃな。
世界(せかい)で初(はじ)めてテレビ(ブラウン管(かん))に映像(えいぞう)を映(うつ)すことに成功(せいこう)したのは、1926年(ねん)12月(がつ)25日(にち)。当時(とうじ)、浜松高等工業学校(はままつこうとうこうぎょうがっこう)の先生(せんせい)だった高柳健次郎(たかやなぎけんじろう)さんだ。さて、高柳先生(たかやなぎせんせい)は画面(がめん)にどんな映像(えいぞう)を映(うつ)したかわかるかな?カタカナの「イ」という文字(もじ)じゃ。いろはにほへと…の最初(さいしょ)にくる文字(もじ)じゃの。高柳先生(たかやなぎせんせい)の成功(せいこう)によって、テレビが全世界(ぜんせかい)に広(ひろ)がったといってもいい過(す)ぎではない。その功績(こうせき)をたたえて、高柳先生(たかやなぎせんせい)は「テレビの父(ちち)」として、今(いま)でも多(おお)くの科学者(かがくしゃ)に尊敬(そんけい)されておるのじゃ。ところで、今(いま)は液晶(えきしょう)の時代(じだい)。ブラウン管(かん)のテレビは少(すく)なくなったのう。
伊勢(いせ)の英虞湾(あごわん)に遊(あそ)びにいくと、海(うみ)の中(なか)にたくさんのいかだが浮(う)かんでおる。何(なに)をしておるかというと、真珠(しんじゅ)を養殖(ようしょく)しておるのじゃ。真珠(しんじゅ)といえば昔(むかし)は天然(てんねん)のものしかなかったが、1893年(ねん)、御木本幸吉(みきもとこうきち)さんが、世界(せかい)で初(はじ)めて真円(しんえん)の真珠(しんじゅ)を人工的(じんこうてき)に養殖(ようしょく)することに成功(せいこう)した。それが英虞湾(あごわん)じゃったので、今(いま)でも真珠(しんじゅ)の養殖(ようしょく)が盛(さかん)んに行(おこ)なわれておるのじゃよ。なんでも幸吉(こうきち)さんはエジソンをすごく尊敬(そんけい)していて、アメリカに渡(わた)ってエジソンに会(あ)ったそうじゃ。エジソンと幸吉(こうきち)さんは、どんな話(はなし)をしたのかのう。